母は発達障害者
近年、あちこちで子どもが発達障害と 認定されたと話題になります。 私たちが子育てした時代には「ちょっ と変わっているよね〜」で済ませていた ことが、今は早くからその生きづらさを 認めて、社会生活をしやすいように訓練 することが大切だと認識されるようにな ったのだと思います。 友人が「孫に発達障害があるのがきっ かけで、大学のセミナーに通うようにな って講義を聴くうち、夫も発達障害なの かもと分かってきた(^^) 」と話してくれ ました。 ちなみに彼女のダンナさんは大学教授 でしたので、学力と発達障害は違うので す。 私の今の年令より若くして母は亡くな りま したが、母が亡くなって家族全員ホ ッと しました。 それだけ母は家族をもめ事に巻き込ん む人で、家族を疲れ果てさせる人でした。 今思えば、母は発達障害だったのです。 ウチの母親は他の家の母親とちょっと 違うぞと感じたのは、小学高学年で、中 学生になったころは、母は信頼に値しな い人と割り切っていました。 人生、悪いことばかりではないのです。 そんな母のお陰で、私は何事も自分で 決めるという習慣がつきました。 母に感謝です(m_m) 母は思い込みが強く、自負心と劣等感 が交互に強く出て、物事をゆがんで見て しまいます。 また自分の気 持ちだけを優先させるの で、今で言う空 気を読めない人でもあり ました。 同居の 母の両 親も、ほとほと困ってお りましたが、たった1人の子である母を 懸命にフォローしていました。 そんな祖父母のたいへんさを見ていた ので、母に対しては求めてはいけないの だと子ども心に分かりました。 母がかき乱す家庭内騒乱のお陰で、 中学生から胃の薬を飲み続けた私は、 「誰でも母親になるより、母親適正 試験があればいいの に!」 「良い母親になれると誰が判断する のだ?」 「良い母親が途中で悪い母親になっ たら?」 「良い母親って?もちろんウチの母 親以外!」 などと眠れぬ夜に思いを巡らして いました。 他所の家庭は平和に暮...